どういう訳か、母は訪ねてきた人にお土産を持たせなければ、気がすまない。
それは、認知症の症状が出る前からもそうだった。
もしかしたら、その地域に住んでいる人に、その傾向が強いのかもしれない。叔母を訪ねた時も、父の知人宅に行った時も、突然お邪魔したにもかかわらず、帰り際にお土産を渡された。
もちろん、私も、人の家にお邪魔するときは、何か持って行こうと考えるが、突然、人が訪ねてきたときに必ずしも何かあげなければとも思わない。
母が認知症になって、以前から母に身についていた生活習慣、きれい好きだったところ、食べ物へのこだわりなど、母の持っている性質だと思っていたところは、かなり失われてしまったように感じる。
しかし、このお土産をあげなければ気がすまないという性質だけは、本能のように残っている。
現在、配食サービスは利用しているが、父はそれでは少し足りないようで、私がネットで注文しているおかずも合わせて何とか、生き延びている。
おかずが配達された次の日に、私が両親宅に行った日のことである。さばの味噌煮、いわしの蒲焼、焼き鳥、エビシュウマイなど、5点くらい注文しておいた。冷凍庫を確認してみると、前日に届いているはずのものが、何ひとつ入っていない。配達完了のメールも届いていた。まさか、一晩で食べてしまったのか?
父に尋ねると、父は庭仕事をしていたのでよくわからないが、親戚の叔母が来て、母が何かをあげていたようだと言う。
まさか、冷凍食品を全部あげてしまったのか?
たまたま、後で他の用があってその叔母に連絡することがあった。やはり、母が冷凍食品を全部、差し出してきたので、持って帰って行ったという。
彼女は、認知症サポーターの講座にも出て、認知症のことはよくわかっているという。「認知症患者の言うことは、絶対に否定しちゃいけないのよ。だから、断らないで、ちゃんと持って帰ってきたからね。」と、自分はいかにも認知症の理解者であると言わんばかりに、自分の行動を誇らしげに語っていた。
私も、心配して様子を見に来てくれた叔母にその場では何も言えなかった。が、できれば、おかずは持って行かないでほしい。と思った。
母は、自分がお土産を渡すことで、夕食のおかずが減ってしまうということなど、全く予想できないのだ。
その数日後、父から電話があった。
その晩、夕飯に食べようと思ってテーブルの上に用意しておいたおかずがまたなくなっていたという。母が、夕方デイサービスの方に送られ帰って来た直後のことだった。
父は、まさかと思い、送ってきてくれたデイサービスの車がまだ家の前に止まっていたので、慌てて車まで行くと、その方が父がテーブルにおいておいたおかずを持っていたという。
認知症サーポーターや介護関係の人たちは、どうやら、認知症患者の言うことを否定してはいけない、申し出を断ってはいけないと考え、皆、おかずを持って帰ってしまうのだろうか?
認知症患者の気持ちを理解しようとしていただくその気持ちは、大変有り難いが、できれば、おかずは......。
買い物難民の高齢者にとってせっかく確保した食料を持っていかれるのは、非常につらいところだ。